変化を恐れず!
パウロ ハー ミン トゥ神父
新年度から新しい生活を始めた人々も、5月を乗り越えて、少しずつ落ち着き、今年の前半最後の月を迎えられたのではないかと思います。自然界のあらゆるものが美しく活き活きと勢いのある6月の自然の一つに、雨の季節にぴったりの紫陽花が挙げられます。紫陽花には色が変わるという性質からでしょうか「移り気」や「浮気」というあまり良くない意味と、花が密集して咲く姿から「家族」や「辛抱強い愛情」という好ましい意味があるそうです。
今、私たちは最高の機械文明の時代に生きていますが、一方、本来の素晴らしい人間らしさに気づいて生きる事が減っているのではないでしょうか。更に、AIは人間を新たな技術の奴隷制に陥れる恐れがあると思えるのです。忘れてはいけない事は、どれ程優れたAIであっても、正に美しい人形に過ぎないものです。日本では♪私は夢みるシャンソン人形 心にいつもシャンソン溢れる人形 … 本当の愛なんて歌の中だけよ♪と歌われたようですが「私は蝋人形のようです。… 溶けていく人形に愛が欠けているのは悲しい事です」という「Poupee de cire, poupee de son」の歌の通り、どんなに美しく見られても、蝋人形には心からの愛がないのですから、虚しいものでしょう。皆さん、高齢になったり病気になったりして自分は何の役にも立たないと思ったりしがちですが、心からの愛を持ってしっかりと生きるのは最も価値のあることです。
教皇レオ14世は人工知能・AIというテーマを主要な課題の一つとしての回勅を著され「AIは人間の幸福のための道具として機能すべきで、人間の雇用を奪って、人間に置き換わるべきではない事を忘れないでください。人間のアイデンティティーや尊厳、そして基本的な自由を損なわせないという条件の下でのAIの利用は、社会にとって大きな助けとなるでしょう。」と語っておられます。人間が作り出した素晴らしい面は、今の時代私たちの社会にどれ程役立つものであるかは誰もが認めるところですが、一方では人間に変わる事は出来ないことから、言いようのない不安も感じてしまいます。
教会典礼において6月は「イエスのみ心」の月です。神の愛とイエスのみ心は一つのものです。心も愛も目に見えるものではないが、日常生活の中での様々な行いを通して見る事、感じる事ができ、私たちの不安定な心を様々な形で変化させ徐々に成長させてくれます。「あなたがたは…神の変わることのない生きた言葉によって新たに生まれたのです」(一ペトロ1:23)とありますように、変わることなく私たちを愛してくださる神の愛、イエスのみ心を仰ぎ見ながら、私たちも変化していく事が出来るのです。それは大切なことです。
これからの暑さの中で、その色が変わっていくからこそ、ますます美しさを増していく紫陽花をはじめ、様々な自然のありように励まされて、私たちの人間社会も少しずつ良いとか悪いとかではなく、神の望まれる方向へ変化していけたらと思います。普通、心は内側にあって分かりにくいものですが「イエスのみ心の月」にそれぞれの活き活きとした行いを通してイエスの心、神の愛をはっきりと見、私たちも少しずつ新たな形へと変えられていくことが出来ますよう、祈りましょう。