広報ほどがや 2026年7月号 巻頭言

優勝を目指して!

パウロ ハー ミン トゥ神父

時は私たちを待つ事なく去っていき、今年の後半・7月に入りました。日本では間も無く梅雨も開けて本格的な夏を迎えます。フランスの厳しい暑さ、ベネズエラの大地震、日本各地の地震や台風しかもダブルと様々な事が頻発し、どれも他人事とは思えず、その対応には誰もが苦慮しています。しかし今は四年に一度開催されるサッカーのワールドカップ開催中で、各国の目覚ましい活躍、特に日本チームは残念ながら惜しくも激闘の末、今回は惜敗してしまいましたが、最高の美しい印象的な試合を観ることが出来、その団結力、際立った謙虚さに心を奪われてしまいました。
サッカーは世界の中でも、ヨーロッパや南米を中心に盛んになってきましたが、教皇レオ14世もサッカーに大いに関心を持って「ワールドカップが世界の人々の間に調和した生活の鏡や兄弟愛と平和を促進するための重要な機会になる。」と語っておられます。
さて、この時期、教会典礼は年間という時期を過ごしています。年間と聞きますと、いつも同じことを繰り返しているように見え、平凡でメリハリがなくマンネリを感じるかもしれません。しかし、年間を表す典礼の色・緑は私たちや周りのすべてのものを生かす自然の色であり、止まる事なく成長して命の連鎖を強め、秋の収穫の準備をしているのです。つまり信仰生活に於いても滞る事なく、より堅固に、深めて行くために、私たちは日々どれ程忙しく大変な状況にあっても、教会に集い、主日のミサや活動を共に捧げ続ける事を何より求められるのです。
サッカーは、一つのボールを追いかけて得点するために、優れた身体能力やテクニックを駆使する選手をその国全体で応援します。勿論、どんなに優れた選手であっても、また監督の戦略や計画がどんなに完璧であっても、一人では出来ません。バラバラで動くのではなく、チームを構成する人、応援する人全員で一つの心で動くのです。環境も気持ちもそれぞれの違いがどれ程あっても、それらを乗り越えないと、優勝という目的は果たせません。教皇レオ14世は更に「サッカーは、私たちが忘れてはならないことを思い出させます。人生は、自分自身を誇示するためのレースではなく、一緒に歩むための道です。」とも語られています。
キリスト者の一人として私たちも、互いに異なる性格やそれぞれ置かれた立場や場所は違っても、選ばれた11人の中の一人の選手として、一つのボール、つまり慈しみ深い神の愛を示す者として招かれ求められるのです。具体的に、保土ケ谷教会でも、現在進行中の工事のことを考えると、似た点を感じます。一つのボールとしての共同体の団結力、特に司祭館と聖堂も90年を迎えて古くなっている今、サッカーと同じように一つのボールをゴールインするために、出来れば私たち一人ひとりが今必要なお祈りを始め、金銭や知恵を出し合い、確信を持って一緒に考え、共に働いていけば「私は戦いを立派に戦い抜き、決められた道を走り通し、信仰を守り抜きました。」(2テモテ4:7)というパウロの言葉を悔いなく実行していけるのではないかと、私は思います。最終的な得点は神の働きを信じ、その導きにお任せしていきましょう。

2026年7月12日 | カテゴリー : 巻頭言 | 投稿者 : 岩崎